産業振興株式会社産業振興株式会社

COMPANY企業情報

ORIGIN OF COMPANY NAME社名の由来

産業振興株式会社の社名の由来をご紹介します。

1.創業者について

当社の創業者である初代德島佐太郎は料理旅館を営む德島家の長男として1874(明治7)年に生を受けたが、1911(明治44)年、家業を弟に譲って単身上京し、東京市本所区徳右衛門町(現・東京都墨田区立川)に銅鉄商を開業したことを起源とする。(家業の料亭は現在も福井市布施田町にて営業)
1937(昭和12)年9月1日、二代目佐太郎を襲名した初代佐太郎の長男偉次郎は、株式会社德島商店を設立。以来この日が当社の創立記念日となっている。
その後、鉄鋼以外の事業にも手を広げ、1942(昭和17)年10月、社名を「日本鐵鋼株式会社」に、1944(昭和19)年6月に「日本鐵鑛冶金株式会社」に社名を変更した。

2.「産業振興」の社名の由来

太平洋戦争により工場の多くが消失し全事業が中止のやむなきに至ったが、終戦翌年の1946(昭和21)年に再開された最初の事業は、戦後飢餓状態にあった国民の食生活向上に向けて、国(大蔵省:当時)の要請に基づいて始められた製塩業であった。(北海道室蘭市本輪西町にて年産3,600 トンの電気製塩工場を操業)
電気製塩事業を行うにあたり、大蔵省(現財務省)および日本興業銀行(現みずほ銀行)から要望があり、1948(昭和23)年にそれまでの「日本鐵鑛冶金株式会社」から「産業振興株式会社」に社名を変更した。
その名の由来は、戦後の焦土と化した祖国日本にまず産業を振興して敗戦から立ち上がろう、それが生き残った日本国民の祖国復興への最大の義務であるという使命感に燃えて命名されたものである。

3.日本製鉄㈱との取引

1925(大正14)年頃、創業者である初代德島佐太郎が、釜石鉱山株式会社(現日本製鉄㈱釜石製鉄所)に鉄スクラップの納入を開始。1938(昭和13)年には上海に設立した「德島組」から日本製鐵㈱(現日本製鉄㈱)八幡製鉄所及び現地の製鉄会社に鉄スクラップを供給した。また1943(、昭和18)年3月には北海道山越郡長万部町中の沢に花岡鉱山を開発し、日本製鐵㈱輪西製鉄所への納入を開始した。
戦後、経営の複合化を目指し、富士製鐵㈱(現日本製鉄㈱)の構内請負作業に参画。1950(昭和25)年12月に室蘭事業所、1951(昭和26)年4月に釜石事業所、1953(昭和28)年に広畑事業所、1961(昭和36)年に名古屋事業所、1970(昭和45)年には大分出張所(現大分事業所)をそれぞれ開設し今日に至っている。
また、1963(昭和38)年には富士製鐵(株)から資本参加を受けている。

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